2009年6月28日日曜日

三沢光晴の思い出

天才で英雄でレジェンドの三沢光晴が天に召され、なにかを残そうとブログ開始を決意。
ということで初回は三沢の思い出について。


一プロレスファンとして三沢はデビューから見守ってきたけど、自分の中ではまさに英雄であったな。

初代タイガーマスクの大ファンであった自分は2代目で出たときはかなり否定的だった。
デビュー当時から正体がわかっていたし、初代があまりにもセンセーショナルでありかっこよかったからね。
しかし、何故かアンチジャンボだった自分はメガネスーパー事件以降そのジャンボに必死に戦いをいどんでいた2代目タイガーそして三沢光晴にはまさに感激。

そしてジャンボ越え。

勝利の瞬間半泣きになっていた自分がいたよ。

そして四天王時代到来。
三沢&小橋vs川田&田上なんて今見てもその激しさたるやハンパじゃない。
それこそ超人なんだなこいつらは・・・
って思える試合してたね。

ちょうどその頃外回りの配達の仕事をしてて、広尾のあるショップへ「○○です~まいど~」って裏口から入ると、目の前に壁が・・・
???と見上げると、なんと馬場さんが!
ドアを開けたらいきなり馬場さんが立ってると、もうなにもできないねw
サインとかすごく欲しかったけど、荷物かかえてる自分を避けてくれたのでペコッと頭下げるしか出来なかったよ。
その1~2ヶ月後に馬場さん永眠・・・

その後を追うように翌年あのでかくて強くてちょい憎たらしかった鶴田さんも永眠・・・

馬場さん鶴田さんのいない全日本を守ろうと、まさに身を削って戦っていた四天王やその周りの選手にはまさに脱帽だったよ。

そしていよいよ箱舟発進!
三沢vs川田の鉄板シングルがもう見れないのかぁと少々残念。
でも全日本の名前を消しちゃいけないと残った川田の気持ちもわかるけど、まさに王道はNOAHが受け継いだ感じだったね。
家名よりも何よりも「王道」を背負っているのは当時の三沢だったってことかな。

初代GHCを巻いた時、本当にチャンピオンベルトが似合う人だなぁと関心した。

小橋vs三沢GHC戦なんて何十回みてもすごいとおもうね。
プロレスを芝居だなんだって言う奴はやってみろ!って。
花道からのタイガースープレックスは、アナの「しんでしまう~~~~!」って絶叫が妙に説得力あったなぁ。TVみながら一瞬固まったもんね。

三沢は首が詰まってて試合後若手数人で首を牽引してたのはファンならみんな知ってたと思うけど、それでも試合では四天王時代に勝るとも劣らないものすごい試合をやっていた三沢光晴。

それでも彼は超人でありプロレスラーだ!という思いが強く、三沢光晴の実際の死など考えたこともなかったし、いまでも納得してない。
だって両手両足手術してガンまで克服して帰ってきた超人だっているんだから・・・

部屋では今でもポスターの三沢に睨まれてるし、携帯のストラップではエルボーを繰り出してる三沢がいる。

三沢光晴は超人であり伝説でありながらもウチ等と同レベルの話題もできるほんとにすごい人なんだよね。
仮面○イダーやY談までいけちゃう気取らない気さくな人柄でありながら、自分を熱狂させる箱舟の舵を取っていたまさに自分の人生の手本にしていた人だ。

もう試合も見れないし会場や雑誌で見ることもないっていう実感が全然沸かない。
13日、夜に速報で見て呆然とし、その後寝ずにネットで新しい情報を探しまくって涙が止まらなくなった。TVで三沢特集を見るたびに涙が出てくる。
なのに実感が沸かない。
今日もどこか巡業で試合していてもなにも不思議じゃない感じがする。

たぶんずっと自分の心の中じゃ三沢は生き続けていてエルボーを打ちまくっているだろうな。
そして自分の生き方の手本になってくれていると思う。

きっと何処かに遠征にいってるんだな。